生きるが無料で全話見れる動画配信はどれ|考察、ネタバレ、タダで見る方法も解説

1952年
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U-NEXT視聴可能

『生きる』とは?作品の見どころ

ある地方都市の市役所、市民課。書類が積み上がった机の前で、黙々と判子を押し続ける老課長、渡辺勘治。30年もの間、欠勤一日もせず、けれども特別な仕事も成し遂げず、表情のないまま日々を過ごしてきた男です。胃の不調を訴えて訪れた病院で、彼は医師から「軽い潰瘍」と診断されますが、待合室で偶然耳にした他の患者の話で、自分の症状が末期の胃がんであることを悟ります。残された時間はおよそ半年。本作は、その告知を受けた男が「いま、何のために生きているのか」を必死に問い直し、最後の力を尽くして街の小さな公園を作り上げるまでの数か月を、静かに、しかし圧倒的な熱量で描き切る黒澤明監督の屈指の人間ドラマです。

1952年に公開された日本映画で、ジャンルは社会派の人間ドラマです。製作・配給は東宝。監督と共同脚本は黒澤明、共同脚本に橋本忍と小国英雄。渡辺勘治役に志村喬、市民課の若い女性小田切とよ役に小田切みき、勘治の息子光男役に日守新一、嫁役に関京子、市民課の同僚役に千秋実・田中春男・伊藤雄之助らが配されています。撮影は中井朝一、音楽は早坂文雄。

最大の見どころは、絶望から始まった老課長が、街の小さな公園を作るという目標に出会うまでの過程と、その先で彼が見せる「自分の足で動く」という静かな反逆の姿勢です。本作の屈指の名場面――雪の降る公園のブランコで、彼が独り口ずさむ「ゴンドラの唄」――は、20世紀映画史のなかでもひときわ忘れがたい一場面として、観客の心に深く刻まれ続けています。

『生きる』を全話無料で見る方法

『生きる』を全話無料で見る方法は、現時点での日本国内の主要動画配信サービスでは、U-NEXTのサブスクリプションに加入することです。サービスへの登録だけで、追加課金なしに最後まで視聴できます。

U-NEXT

U-NEXTでは、月額プランに加入すれば見放題作品として本作を再生できます。新規登録時に無料体験が用意されているケースもあり、その期間内に視聴することも可能です。U-NEXTは大画面のテレビ用アプリやスマートフォン、ブラウザに対応しており、自宅のリビングでじっくり鑑賞するスタイルにも向きます。

有料視聴ルート(補足)

見放題ではないルートとしては、Apple TVやGoogle Play Movies、Amazon Videoなどデジタル販売プラットフォームでのレンタルおよび購入が選択肢になります。これらは「無料の手段ではないが、視聴ルートとして補足」しておきます。地上波・BS・CSの映画チャンネルでも繰り返し放送される定番作品で、テレビ番組表で本作のタイトルを見かけることもあります。

まとめると、現時点で日本国内において、登録だけで全編無料の見放題で視聴できるのはU-NEXTです。Netflix、Amazon Prime Video、Disney+、Huluの主要4社の見放題プランには本作は含まれていません。状況は時期によって変わりうるため、視聴前には各サービス公式の最新情報を確認することをおすすめします。

あらすじ

物語の始まり

物語の幕開けは、地方都市の市役所、市民課。30年勤務を続けてきた市民課長、渡辺勘治の机の上には、住民から届いた陳情書類が山のように積み上がっています。冒頭、住民が「子どもの遊び場として使えるよう、近所の汚水溜りを公園に整備してほしい」と相談に訪れますが、勘治を含む役所のあらゆる部署は、長年の縦割り行政のなかで、この案件を別の課に回し続けます。市民課、土木課、衛生課、公園課――どの窓口も「うちの担当ではない」と告げ、住民は何度もたらい回しにされ続けてきました。

主人公を待ち受けるもの

そんなある日、勘治は胃の不調で病院を訪ねます。診察を待つあいだ、別の患者の話で自分の症状が「末期の胃がん」に酷似していることを知り、医師の「軽い潰瘍ですよ」という言葉が彼を欺くための慰めだと悟ります。家に帰って息子光男に病気のことを告げようとしますが、嫁との会話で息子が父の貯金と退職金を当てにしていることを知り、ひと言も告げられないまま自分の部屋に閉じこもります。30年連れ添った妻はすでに亡く、息子は自身の家庭の都合だけを考える――勘治は孤独のなかで、自分の人生がどこかで決定的に空っぽになっていたことを悟ります。

勘治は欠勤を始めます。郊外の食堂で出会った無名の小説家との一夜の街徘徊、ダンスホール、パチンコ屋、ストリップ劇場――彼は若い頃に経験しそびれてきた享楽を一気に体験しようとしますが、いずれも彼の渇きを満たすことはありません。本作の中盤、勘治は市民課で偶然顔を合わせた若い女性事務員の小田切とよと出会います。とよは退職を決めた市役所の元同僚で、街の小さなおもちゃ工場で働き始めようとしている若い女性。勘治は彼女と何度か食事を共にするうちに、「自分にも、彼女のように何かを作る仕事ができないか」と問い始めます。

とよが「自分は子供のおもちゃを作っている。日本中の子供達と友達になっている気がする」と語った瞬間、勘治の頭の中で、長年たらい回しにされてきた汚水溜りの陳情書類のことが浮かび上がります。市役所に戻った彼は、それまでの30年間の自分自身を完全に投げ捨て、「あの汚水溜りを、子供達が遊べる公園に変える」という目標に、残された数か月のすべての力を注ぎ込んでいきます。

登場人物

渡辺 勘治(演:志村喬)

本作の主人公。地方都市の市役所市民課長。30年勤務を続けてきた老紳士で、欠勤を一日もせず、判子を押し続けてきた人物として描かれます。胃がんの告知(事実上の自己診断)を受けてから、彼の身体性が画面の上で大きく変わっていきます――丸まっていた背中、伏せ気味の視線、口元の硬さ、声の弱さが、物語の進行とともに少しずつ「自分の足で動く男」の姿勢へと変わっていく様子を、志村喬が圧倒的な精度で演じ切りました。

小田切 とよ(演:小田切みき)

市役所の若い女性事務員。明るく素直で、市役所の縦割り行政に嫌気が差して退職を決めた人物として登場します。彼女が市内のおもちゃ工場で働き始めようとしているという話と、「子供達と友達になっている気がする」という言葉が、勘治の心に決定的な刺激を与えます。物語の中盤、彼女との対話の場面が、本作のもっとも温かいトーンを担います。

渡辺 光男(演:日守新一)

勘治の息子。父との関係はぎこちなく、嫁の影響で父の貯金と退職金を当てにする現実主義者として描かれます。本作の中盤、彼が父に「最近の父の様子はおかしい」と一方的に詰め寄る場面で、本作の家族のすれ違いの最大の痛みが画面の上に立ち上がります。

渡辺 嫁(演:関京子)

光男の妻。勘治と直接の親密な関係はなく、自身と夫の都合で動くタイプの人物として描かれます。彼女が登場するシーンの空気は、勘治が自分の家族のなかですでに居場所を失っていることを観客に手渡す重要な役回りです。

市民課の同僚たち(千秋実、田中春男、伊藤雄之助ほか)

勘治の市民課の同僚たち。本作の前半は彼らが「何もしないことを覚悟してきた役所人間」として描かれます。本作の後半、勘治の死後、彼らが葬儀の席で語り合うなかで、勘治の最後の数か月の行動の意味が観客に間接的に手渡されていきます。

助役・他課の課長たち

本作のもうひとつの群像。勘治が公園案を持ち込んでも、最初は彼らも縦割り行政の論理で案件をたらい回しにしようとします。けれど勘治が「自身の手で動き続ける」姿勢を貫いた結果、最終的に公園が完成していくという、本作の倫理的な構図を支える役回りを担います。

スタッフ・キャスト陣

監督と共同脚本は黒澤明。本作以前に『酔いどれ天使』『野良犬』『羅生門』などで世界的な評価を得てきた黒澤が、本作で同時代の日本社会の縦割り行政と、ひとりの男の死の重みを真正面から扱う社会派ドラマを完成させました。共同脚本は橋本忍と小国英雄で、3人は本作のために旅館に長期間こもり、勘治の言葉、視線の動き、行動の細部に至るまで脚本上で詰めていったとされます。

撮影は中井朝一。本作の前半・中盤・後半で、勘治の身体性の変化に合わせて画面のトーンを少しずつ変えていく仕事を担いました。前半の生気を欠いた灰色の画面、中盤の街の喧騒の彩度の高い画面、後半の雪の降る公園の白く透き通った画面――それぞれの場面で勘治の内面の変化を支える視覚言語が組み立てられています。音楽は早坂文雄で、本作のもっとも有名な「ゴンドラの唄」の編曲を含む、抑制された楽曲設計を完成させました。

主演キャスト

渡辺勘治役の志村喬は、本作以前にも『野良犬』『羅生門』などで黒澤と組んできたベテラン俳優ですが、本作の役どころが彼自身の俳優人生の頂点として広く語り継がれています。彼が本作のために作り上げた身体性――丸まった背中、伏せた視線、ゆっくりとした歩み、震える手のひら――は、撮影前の長期にわたる稽古と、現場での監督との対話のなかで作り上げられたとされます。

小田切みきの若い女性事務員、日守新一の息子、関京子の嫁、千秋実・田中春男・伊藤雄之助・藤原釜足ら東宝の名優陣のアンサンブルが、本作の世界観の説得力を細部で支えています。

興行収入・話題

興行収入・話題

本作は1952年の日本国内で大きな話題を呼びました。当時の興行成績は黒澤作品の中では中規模程度でしたが、批評家・知識人からの評価は極めて高く、海外配給を経て世界的な名声を獲得していきます。家庭用ビデオ・DVD・配信展開を通じて、本作は世代を越えた観客に届き続けるロングセラー作品としての位置を保ち続けています。2022年にはイギリスで本作をベースにしたカズオ・イシグロ脚本のリメイク『生きる LIVING』が制作・公開されており、本作の文化的影響は現在も世界中で続いています。

評価・受賞歴

第3回ベルリン国際映画祭で特別賞を受賞しました。第27回キネマ旬報ベスト・テン日本映画第1位を獲得し、毎日映画コンクール、ブルーリボン賞、第3回NHK映画賞でも主要部門を受賞しました。批評家団体やファン投票によるオールタイムベスト選にも繰り返し登場し続け、海外でも『七人の侍』『羅生門』と並ぶ黒澤作品の代表作として広く知られています。AFI(米国映画協会)の「100年・100大映画」海外作品部門にも複数回ランクインし、世界の映画作家たちが「自身に影響を与えた1作」として頻繁に挙げる作品となっています。

ネタバレ

※ここからネタバレを含みます。

クライマックス

物語の前半、勘治は胃がんの告知(事実上の自己診断)を受けてから、まず人生で経験しそびれてきた享楽を試みます。郊外の食堂で出会った無名の小説家と共に夜の街を徘徊し、ダンスホール、パチンコ屋、ストリップ劇場を渡り歩く一連のシーケンスは、本作のもっとも痛切な「絶望から目を逸らそうとする数日」の記録です。けれども、それらが彼の心の渇きを満たすことはありません。

物語の中盤、勘治は市民課の若い女性事務員、小田切とよとの食事を重ねていきます。彼女が街のおもちゃ工場で働き始めて「子供達と友達になっている気がする」と語る言葉が、彼の頭のなかで決定的な転換点となります。彼は彼女と別れた帰り道、ふと「あの汚水溜りを公園にする」というアイデアを思いつき、その瞬間に階段を駆け降りていきます。

本作の構造的に最も大胆な選択は、勘治の「公園を作るための数か月」の物語を、彼自身の視点では描かないことです。物語の中盤を過ぎた瞬間、画面はいきなり彼の通夜の席に飛び、市民課の同僚たち、息子の光男、その嫁、市長以下市役所の幹部たちが、勘治の最後の数か月の行動を「他人の証言」として少しずつ思い出していくという構成に切り替わります。観客は彼が公園のために何をしたのか、どのように土木課・衛生課・公園課・助役に頭を下げ続け、ヤクザの脅しにも屈せず動き続けたのかを、関係者の口から少しずつ知ることになります。

結末が示すもの

物語のもっとも忘れがたい場面は、通夜の席で警察官が告げる、勘治の最後の夜の証言です。彼は完成したばかりの公園のブランコにひとり腰掛け、雪が降るなかで「ゴンドラの唄」を静かに口ずさんでいたといいます。「いのち短し 恋せよ少女 朱き唇 褪せぬ間に」――。彼の口元の歌声、雪の上に積もる足跡、揺れるブランコの軋み――本作の屈指の名場面が、関係者の証言越しに観客の心に届けられます。彼はその夜、ブランコの上で静かに息を引き取りました。

通夜の席で、市民課の同僚たちは酔いに任せて「自分たちも勘治のように生きてみせる」と誓い合います。けれど翌日、市役所に戻った彼らは、再びそれまでの縦割り行政の論理に飲み込まれ、ひとり何もできないまま判子を押し続ける日々に戻っていきます。本作の最後の最後、新しい市民課長(元の助役)が、住民の陳情書類をやはり別の課に回し続ける場面で、勘治の選択がどれほど稀有な反逆だったかが観客に静かに手渡されます。

ラストショットは、完成した公園のブランコの上で、子供たちが楽しそうに遊ぶ姿。本作はその一場面に勘治の最後の数か月のすべての意味を凝縮させて、静かに、けれど決定的な手応えとともに幕を引いていきます。

トリビア

  1. 本作の脚本は、黒澤、橋本忍、小国英雄の3人が熱海の旅館に長期間こもって書き上げました。3人は登場人物それぞれの細かい背景情報を紙に書き出し、矛盾なく整合性を取り続ける作業に膨大な時間を費やしたとされます。

  2. 「ゴンドラの唄」は、1915年に芸術座の舞台『その前夜』のために作られた古い歌謡曲で、吉井勇作詞、中山晋平作曲。本作の屈指の名場面で勘治が口ずさむこの歌は、世代を越えて日本の歌唱文化に深く根付くきっかけとなりました。

  3. 本作の構造的な大胆さ――勘治の「公園を作る数か月」の物語を彼自身の視点ではなく、通夜の席での関係者の証言越しに描くアプローチ――は、本作以後の世界中の映画作家が参照する手法のひとつとなっています。

  4. 志村喬は、本作の役作りのために体重を減らし、姿勢を変え、声色を絞り込む長期間の準備を続けました。本作の彼の演技は、世界中の映画ファンと俳優が「人生で観たもっとも記憶に残る演技のひとつ」と挙げ続けている代表的な仕事です。

  5. スピルバーグやスコセッシ、フランシス・フォード・コッポラなど、米国の主要な監督たちが本作の影響を公言しています。とくに「主人公が自分の死期を悟ってから動き出す」という本作の構造は、後年の北米映画の数々に引用され続けています。

  6. 本作のリメイク版『生きる LIVING』が、2022年にカズオ・イシグロ脚本、オリヴァー・ハーマナス監督、ビル・ナイ主演で発表されました。1953年のロンドンを舞台に再構成された本作の翻案は、第95回アカデミー賞主演男優賞ノミネートを獲得しています。

  7. 本作の中盤、街の小説家と共に夜の街を歩くシーケンスでは、当時の東京の街並みの実景がそのまま用いられました。終戦から7年というタイミングで撮影された街の風景の生々しさは、本作の社会派ドラマとしてのリアリティを支える土台となっています。

撮影裏話

撮影の舞台裏

本作の撮影は、東宝撮影所のスタジオセットと、東京近郊の現実のロケーションを組み合わせる形で行われました。市役所の市民課のセットは、当時の現実の市役所をそのまま参考にした美術設計で、書類が積み上がった机、判子の音、職員たちの靴の音までが画面の上に再現されています。完成した公園の場面は、ロケーションで作られたセットに、本物のブランコと滑り台が設置されました。

キャストの準備

志村喬は、本作の役作りのために、勘治という人物の30年間の市役所勤務の身体性を画面の上で立ち上げる長期間の準備を行いました。撮影前から姿勢、視線、声色を細かく作り直し、撮影中は現場でも勘治の身体性をほぼ素のまま保ち続けたとされます。前半・中盤・後半で彼の身体の重みが少しずつ変わっていく様子は、彼自身の演技の精度の高さを示す代表例として広く語られています。

小田切みき、日守新一、関京子、千秋実、田中春男、伊藤雄之助、藤原釜足ら脇役陣は、本作の社会派ドラマとしての厚みを支える重要なアンサンブルとして、それぞれの役どころに丁寧に向き合いました。とくに通夜の席のシーンの長尺の対話は、出演者全員のリハーサルを長時間重ねたうえで撮影されたとされます。

技術的な挑戦

本作の最大の技術的挑戦は、勘治の数か月にわたる「公園を作る旅路」を、彼自身の視点ではなく通夜の席での証言として描くという構造を、観客の感情の流れを途切れさせずに見せ切る編集設計でした。回想シーンの長さ、視点の切り替え、現在地(通夜)と過去(数か月の活動)の往復のリズムは、撮影段階から綿密に計算され、本作の屈指の達成のひとつとして広く参照されています。早坂文雄の音楽は、勘治の前半の絶望、中盤のとよとの対話、後半の公園を作る旅路、そしてラストのブランコのシーンへと、それぞれ異なる感情のラインを音だけで観客に手渡す仕事として、本作の倫理的な重みを最後まで支えています。