ゴッドファーザー PART IIが無料で全話見れる動画配信はどれ|考察、ネタバレ、タダで見る方法も解説

1974年
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『ゴッドファーザー PART II』が見れる動画配信サービス

現在、Amazon Prime Video・Hulu・U-NEXT で視聴できます。

配信サービス視聴可否
Netflix
Amazon Prime Video視聴可能
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Hulu視聴可能
U-NEXT視聴可能

『ゴッドファーザー PART II』とは?作品の見どころ

1958年、ネバダ州タホ湖畔のコルレオーネ邸では、長男アンソニーの初聖体拝領を祝う盛大なパーティーが開かれています。湖面を背景に響くマンドリンの音、礼装に身を包む招待客、そしてその喧騒の奥にひっそりと座る新ドン、マイケル・コルレオーネ。前作の最終盤で書斎に閉じこもり敵対勢力を一掃した男が、いまや自身の子の節目を祝う父親としてここにいる――その対比だけで本作の重さが立ち上がります。一方で物語は同時並行で、20世紀初頭のシチリアからニューヨークへ渡り、ひとつのファミリーを「ゼロから」築き上げていく若き日のヴィトーの姿も描いていきます。

1974年に公開されたアメリカ映画で、ジャンルは犯罪ドラマです。前作と同じくフランシス・フォード・コッポラが監督と脚本を担当し、マリオ・プーゾと共同で執筆したオリジナル要素を多く含む作りとなっています。マイケル役にアル・パチーノが続投、青年期のヴィトー役には新たにロバート・デ・ニーロを迎えました。撮影はゴードン・ウィリス、音楽はニーノ・ロータとカーマイン・コッポラ。

最大の見どころは、ファミリーを築いた父と、それを継承して内側から壊していく息子という、二世代の物語を一本の映画として並走させる構成にあります。父と子のあいだに距離が広がっていく時間の重さを、音楽と画面の落ち着きが容赦なくすくい上げていきます。

『ゴッドファーザー PART II』を全話無料で見る方法

『ゴッドファーザー PART II』を全話無料で見る方法は、現時点での日本国内の主要動画配信サービスでは、Amazon Prime Video、Hulu、U-NEXTの3つのサブスクリプションのいずれかに加入することです。いずれもサービスへの登録だけで、追加課金なしに最後まで視聴できます。

Amazon Prime Video

Amazon Prime Videoのプライム会員であれば、見放題対象として本作を視聴できます。アカウントを作成してプライムに加入すれば、スマートフォン、タブレット、テレビアプリ、ブラウザのいずれでも再生可能です。プライム会員には月額または年額の料金が発生しますが、初めての加入であれば無料体験期間が用意されているケースがあるため、その期間内に第1作と通して視聴することも現実的です。広告つきプランでも本作は対象になります。

Hulu

日本のHuluに加入していれば、こちらも見放題で視聴可能です。Huluは月額料金型で、加入後すぐに視聴ライブラリの全てが利用できます。スマートフォンアプリ、テレビ用アプリ、ブラウザに対応しており、複数デバイスでの視聴に向きます。Huluは時期によって無料体験キャンペーンが提供されることがあるため、最新状況は公式サイトで確認してください。

U-NEXT

U-NEXTでは、月額プランに加入すれば見放題作品として本作を再生できます。新規登録時に無料体験が用意されているケースもあり、その期間内に視聴することも可能です。専用アプリやブラウザから再生でき、対応デバイスも幅広いのが特長です。

そのほか、Apple TVやGoogle Play Moviesといったデジタル販売プラットフォームでは、レンタルや購入の選択肢があります。これらは「無料の手段ではないが、視聴ルートとして補足」しておきます。Netflix、Disney+の日本版では、現時点で本作の見放題配信は行われていません。

あらすじ

物語の始まり

1958年、ネバダ州タホ湖畔のコルレオーネ邸。新ドンとなったマイケルは、長男アンソニーの初聖体拝領を祝うパーティーを開き、ラスベガスのカジノ事業の拡大、ハバナのリゾート開発、ニューヨークの旧勢力との関係調整など、複数の大きな案件を同時進行で動かしています。来賓のなかには、上院議員、政治家、フロリダの大物ハイマン・ロス、ニューヨークの古参幹部フランク・ペンタンジェリらが顔をそろえ、それぞれ別々の思惑を胸に湖畔の屋敷を訪れています。

主人公を待ち受けるもの

そのパーティーの夜、マイケルとケイが眠る寝室の窓越しに、自動小銃が室内に銃弾の雨を降らせる事件が起こります。命に別状はないものの、この一件は「敵は身内のすぐそばにいる」というシグナルとなり、マイケルはニューヨーク、フロリダ、ハバナ、シチリアと文字通り世界中を駆け巡る情報戦に身を投じていきます。誰がペンタンジェリの兄弟を欺き、誰がロスとマイケルのあいだに楔を打とうとしているのか――答えに近づくほど、マイケルが信じてきた「ファミリー」の輪郭が崩れていきます。

物語はもう一本の柱として、20世紀初頭のシチリア島・コルレオーネ村に生きた少年ヴィトー・アンドリーニの旅をたどります。村の有力者にひとり残らず家族を殺されたヴィトーは、密航船でアメリカへ渡り、エリス島で「ヴィトー・コルレオーネ」と名前を改められます。リトルイタリーの食料品店に勤めながら家庭を持ち、地元の悪徳ボス、ファヌッチに搾取される日々のなかで、若き日のヴィトーは小さな反逆をひとつずつ積み重ねていきます。

このふたつの時間軸が交互に重ねられていくなかで観客が見届けるのは、片やゼロから家族と仲間を守るために一族の礎を作った父親の物語、片や築き上げられたものを父から受け継ぎながら、その守るべきはずの「家族」を内側から失っていく息子の物語です。父と子のあいだに横たわる時間の重さが、本作の感情の中心を占めていきます。

登場人物

マイケル・コルレオーネ(演:アル・パチーノ)

前作で父ヴィトーから家業を受け継ぎ、ニューヨークから本拠をネバダ州へ移したコルレオーネ家の現ドン。冷静で計算高く、必要な人物を正確に切り捨てられる徹底した合理主義者として描かれます。一方で、家族を「守るために」築いてきたはずのファミリー経営が、皮肉にも妻ケイとの関係や兄フレドとの関係を内側から壊していく――その矛盾を抱えながら、本作の彼は終始ほとんど笑顔を見せない男として画面に立ち続けます。

ヴィトー・コルレオーネ(青年期/演:ロバート・デ・ニーロ)

物語のもう一本の柱を担う、若き日のヴィトー。1901年、シチリアのコルレオーネ村で家族を全員失い、密航船で単身アメリカへ渡ります。リトルイタリーで貧しいながらも家庭を築き、悪徳ボス・ファヌッチに搾取される日々のなかで、自分の手で「移民の街における居場所」を作っていく男です。本作のデ・ニーロは台詞のほとんどをイタリア語で演じ、寡黙さと佇まいだけで前作のマーロン・ブランドの老ヴィトーへ繋がる地続きの人物像を立ち上げます。

フレド・コルレオーネ(演:ジョン・カザール)

マイケルの兄で、前作以来コルレオーネ家のなかで自分の居場所をうまく掴みきれずにきた人物。本作ではラスベガスやハバナでの事業に関わるなかで、自分が「家族のなかで軽く扱われている」という不満を強く抱え、それが取り返しのつかない形で物語に作用していきます。コルレオーネ家の悲劇のもうひとりの中心であり、ジョン・カザールの繊細な演技がその弱さを観客に深く刻みます。

ケイ・コルレオーネ(演:ダイアン・キートン)

マイケルの妻。前作で家庭の中に入り込んだ「外の世界」の人間として、本作では夫がドンとして突き進む方向と、自分が望んだ家族のあり方とのあいだで深く引き裂かれていく女性として描かれます。マイケルとの対峙のシーンは、シリーズを通してもっとも痛みを伴うやりとりのひとつとして語り継がれています。

ハイマン・ロス(演:リー・ストラスバーグ)

フロリダ州マイアミに居を構えるユダヤ系の大物実業家で、表向きは病気がちな引退者を装いながら、ハバナのカジノ利権を狙う策略家。マイケルとの取引と裏切りを通して本作の中盤以降の物語を牽引します。リー・ストラスバーグはアクターズ・スタジオの伝説的な指導者でもあり、その独特の風格と弱々しい話法が、ロスの底知れなさを支えています。

フランク・ペンタンジェリ(演:マイケル・V・ガッツォ)

ニューヨークでコルレオーネ家の旧本拠地を守る古参の幹部。フランクはマイケルが本拠地をネバダへ移したことに納得しきれず、家業の伝統を守ろうとする立場と、新しいファミリーの方針とのあいだで揺れる人物として描かれます。彼の選択が、物語の終盤で重い意味を持つことになります。

スタッフ・キャスト陣

監督と脚本は、前作に引き続きフランシス・フォード・コッポラ。原作者マリオ・プーゾと共同で執筆した本作は、原作小説では断片的に描かれていた青年ヴィトーの前日譚と、新ドンとなったマイケルの「その後」を、ひとつのフィルムの中で並走させる大胆な構成を採っています。続編としての安易な拡大ではなく、家族の年代記としてシリーズ全体を見渡せる射程を持つ作りに踏み込んだ点が、本作の特異性を語ううえで欠かせない要素です。

撮影監督は前作と同じゴードン・ウィリス。1950年代のネバダの屋敷の落ち着いた光と、20世紀初頭のリトルイタリーやシチリアのまばゆい屋外光が、二つの時間軸ごとにまったく違う色温度で語られ、観客は画面の色だけでもどちらの時代を見ているのかを直感できる仕掛けになっています。音楽は前作のニーノ・ロータに加え、コッポラ監督の父であるカーマイン・コッポラが共同で担当し、シチリア民謡を下敷きにした旋律が前日譚パートに豊かな手触りを与えています。

主演キャスト

マイケル役のアル・パチーノは、本作で前作以上の重圧を背負った演技を見せます。家族を守るために選んだはずの道が、家族そのものを失わせていく男の表情を、目元と肩のラインだけで何度も見せていく仕事は、彼のキャリアの頂点のひとつとして語り継がれています。

青年期ヴィトー役のロバート・デ・ニーロは、本作出演の段階では『ミーン・ストリート』で評価を高めつつあった新進俳優でした。ブランドの老ヴィトーと地続きに見える佇まい、台詞をほぼイタリア語で演じる徹底ぶり、そして街角でファヌッチを観察するときの細かい目の動き――いずれもデ・ニーロの俳優としての本質を世界に提示する仕事となり、結果として彼に助演男優賞のオスカー受賞をもたらしました。

助演陣にはハイマン・ロス役のリー・ストラスバーグ、フランク・ペンタンジェリ役のマイケル・V・ガッツォ、フレド役のジョン・カザール、ケイ役のダイアン・キートン、トム・ヘイゲン役のロバート・デュヴァル、コニー役のタリア・シャイアらが集結。それぞれが前作からの重ね描きを引き受けつつ、本作で初めて踏み込まれる感情の領域を細やかに担っています。

興行収入・話題

興行収入・話題

前作の世界的ヒットを受けて期待が高まった本作も、興行的に成功を収めました。北米市場では4750万ドル前後、世界ではそれを大きく上回る規模の興行収入を記録し、製作費を大きく上回る回収となっています。続編が前作の興行に肉薄するケース自体が当時としては稀で、しかも続編が興行・批評の両面で前作と並ぶ評価を獲得した稀有な例として現在まで語り継がれています。

評価・受賞歴

第47回アカデミー賞では作品賞、監督賞、脚色賞、助演男優賞(ロバート・デ・ニーロ)、作曲賞、美術賞の6部門を受賞しました。作品賞を続編が受賞した最初期の例として映画史に刻まれており、シリーズもの・続編作の評価のあり方を一段引き上げた1作とされています。批評家団体のオールタイムベスト選にもしばしば登場し、IMDbのユーザー投票による上位作品ランキングでも、長年にわたって前作と並ぶ高位を保持し続けています。

ネタバレ

※ここからネタバレを含みます。

クライマックス

物語の核は、寝室への銃撃の真相を突き止めていくマイケルが、フロリダのハイマン・ロスが裏で糸を引いていたこと、そして自分の兄フレドが「家族の情報を外に流してしまった」事実を確かめてしまう瞬間にあります。ハバナでの誕生日パーティー――フィデル・カストロのキューバ革命前夜の一夜の場で、マイケルはフレドが内側から自分を欺いていたことを察し、両頬にキスをしてから「お前は家族を裏切ったな、フレド」と告げる名場面が描かれます。革命の混乱で計画は瓦解し、ロスはイスラエルへ逃亡を試み、コルレオーネ家はネバダに戻ることを余儀なくされます。

上院での公聴会ではフランク・ペンタンジェリがマイケルに不利な証言をする寸前まで追い込まれますが、シチリアから連れてこられた兄の存在が彼の口を閉じさせ、結果としてマイケルは法廷の上では生き延びます。けれどそのために支払った代償はあまりにも大きく、家族の中の信頼関係は静かに崩壊していきます。

結末が示すもの

物語の終盤、マイケルは母カルメラの葬儀の場で兄フレドと「ハグ」を交わしますが、それはすでに赦しでも和解でもなく、決断を実行する前の最後の儀式に過ぎません。母を喪い、ファミリーから去ろうとしないフレドに、マイケルは静かに「決着」を選びます。湖の上のボートで聞こえる短い銃声と、岸辺で立ち尽くすマイケルのワンカットが、本作の感情の頂点を担います。

ラストシーンでは、若き日のコルレオーネ兄弟と父ヴィトーの帰宅を待つ家族の食卓が回想されます。誕生日のサプライズを準備するソニー、フレド、トム、コニー、そして年若いマイケル。父が帰ってくる前のあの短い時間に、家族全員が無防備に笑い合っていたという記憶を、本作はもっとも辛い場所で観客に手渡します。マイケルが手にした権力と、彼が永久に失った家族の食卓が、同じ画面の上で静かに重ね合わされて、物語は閉じられていきます。

トリビア

  1. 当初プーゾとコッポラは「PART II」というナンバリング自体に消極的だったと言われます。『ジェイムズ・ボンド』のような単発続編シリーズと違い、ナンバリングを付けたのは家族の年代記であることを観客に印象づけるためでした。

  2. 青年ヴィトー役のオファーは、デ・ニーロが『ミーン・ストリート』でコッポラの目に留まったことが直接のきっかけだったとされます。デ・ニーロはこの役のために、シチリアのコルレオーネ村で現地の方言を学ぶ準備期間を経たと語られています。

  3. 老ヴィトーへの出演をマーロン・ブランドにも打診していた段階があり、最終的にスケジュールやスタジオとの関係から見送られたと言われます。冒頭の家族の食卓回想シーンの設計には、その判断の影響が間接的に残っているとされます。

  4. リー・ストラスバーグは俳優指導者として有名な人物で、本作はキャリア後期になって自身が画面の上で演じた数少ない代表作のひとつです。アクターズ・スタジオで多くの名優を育てた彼の起用は、本作のアンサンブルの厚みに大きく寄与しました。

  5. ハバナ・パートの撮影は実際のキューバではなくドミニカ共和国などで行われ、当時の建築様式と熱帯の光を細部まで再現するために大規模なセットが組まれたとされます。

  6. アカデミー作品賞を受賞した史上初の続編作品として、しばしば歴史的な区切りの1本として参照されます。後年の続編作品の評価のされ方そのものに影響を与えた1作と言われます。

  7. 公聴会のシーンに登場するペンタンジェリの兄役は、シチリアからわざわざアメリカへ呼ばれた現地の俳優が起用されたとされ、画面に映る数分のために用意されたディテールの厚さが、本作の世界観の堅牢さを支えています。

撮影裏話

撮影の舞台裏

本作の撮影は、シチリア島コルレオーネ村やパレルモ近郊、ニューヨーク・リトルイタリーの再現セット、ネバダ州タホ湖畔、ドミニカ共和国などをまたいで行われました。とりわけシチリアでのロケーションでは、20世紀初頭の村の空気を可能な限り当時のまま再現するために、現地の建物や石畳の路地が美術部によって細かく整えられたとされます。一方、リトルイタリーの食料品店や祝祭シーンの撮影は、当時の風俗写真資料を徹底的に取り込んだ美術設計で組み上げられ、現代の都市景観の上に「失われた街」を再構築する仕事として高く評価されました。

キャストの準備

ロバート・デ・ニーロは、青年ヴィトーを演じるにあたり、台詞のほとんどをイタリア語のなかでもシチリア方言に近い形で発音できるよう準備したと言われます。マーロン・ブランドが前作で築き上げた老ヴィトーの存在と地続きに見える人物造形を作るため、声の出し方、肩の傾き、視線の据え方を細かく研究したエピソードが、後年のインタビューで本人と監督から度々語られています。

アル・パチーノは前作からさらに削ぎ落とされた表現を求められ、撮影中も周囲のキャストとあえて距離を保ちながらマイケルの孤独を体現するアプローチを採ったと伝えられます。撮影現場では、コッポラが俳優陣に長尺のリハーサルを丁寧に重ねさせたことが、家族間の沈黙にも意味を漂わせる本作の演技の質を支えています。

技術的な挑戦

ゴードン・ウィリスは、過去と現在を行き来する二本立ての時間軸それぞれに固有の光と色を割り当てるという挑戦に取り組みました。タホ湖畔の冷たく抑制された色温度と、リトルイタリーやシチリアのオレンジに染まる屋外光の差は、観客が時代変化を意識せずとも感じ取れる情報設計として機能しています。音楽面でも、ニーノ・ロータとカーマイン・コッポラの共作スコアは、シチリアの旋律を骨格に置きつつ、現代パートで使われるテーマと前日譚パートのテーマを区別するなど、構造的な作曲がなされており、本作のドラマの厚みを支える土台のひとつとなっています。