ショーシャンクの空にが無料で全話見れる動画配信はどれ|考察、ネタバレ、タダで見る方法も解説

『ショーシャンクの空に』が見れる動画配信サービス
現在、Amazon Prime Video・Hulu・U-NEXT で視聴できます。
| 配信サービス | 視聴可否 |
|---|---|
| Netflix | − |
| Amazon Prime Video | 視聴可能 |
| Disney+ | − |
| Hulu | 視聴可能 |
| U-NEXT | 視聴可能 |
『ショーシャンクの空に』とは?作品の見どころ
舞台はメイン州にある架空の州立刑務所、ショーシャンク。鉄格子越しに見える小さな空、列をなして歩く灰色の囚人服、毎日決まった時間に鳴り響くベルの音――そこには「希望」という言葉さえ口にすることが許されないと思える、息のつまる時間が流れています。妻と愛人を殺害したという冤罪で終身刑を言い渡された銀行員アンディ・デュフレーンが、この場所で何を見つけ、何を持ち続けたのか。本作は、その20年に近い歳月をたどることで、人間にとって希望とはどれほど危険で、それでもどれほど不可欠なものなのかを、静かに、しかし圧倒的な熱量で描き切るヒューマンドラマです。
1994年に公開されたアメリカ映画で、ジャンルは社会派の人間ドラマです。監督と脚本を務めたのは『グリーンマイル』『ミスト』などでも知られるフランク・ダラボン。原作はスティーヴン・キングの中編小説『刑務所のリタ・ヘイワース』。主演にティム・ロビンス、相棒となる古参の囚人レッド役にモーガン・フリーマンを迎え、撮影をロジャー・ディーキンス、音楽をトーマス・ニューマンが担当しています。
最大の見どころは、刑務所という閉ざされた世界の中で築かれていく男同士の友情と、その奥に貫かれる「希望」というテーマの描き方です。声を荒らげるでもなく、奇跡的な逆転を派手に見せるでもなく、淡々と積み重ねられる日々の細部。そこに宿る尊厳を、ティム・ロビンスとモーガン・フリーマンの抑えた演技がじっくり立ち上げていきます。
『ショーシャンクの空に』を全話無料で見る方法
『ショーシャンクの空に』を全話無料で見る方法は、現時点での日本国内の主要動画配信サービスでは、Amazon Prime Video、Hulu、U-NEXTの3つのサブスクリプションのいずれかに加入することです。いずれもサービスへの登録だけで、追加課金なしに最後まで視聴できます。
Amazon Prime Video
Amazon Prime Videoの会員(プライム会員)であれば、見放題作品として本作を視聴できます。アカウントを作成しプライムに加入すれば、スマートフォン、タブレット、テレビアプリ、ブラウザのいずれでも再生可能です。プライム会員の月額料金または年額料金が必要となりますが、初めての加入の場合は無料体験期間が用意されているケースがあるため、その期間内に視聴を済ませることもできます。広告つきプランでも本作は視聴可能です。
Hulu
Huluに加入していれば、こちらも見放題で視聴可能です。日本のHuluは月額料金型で、加入後すぐに視聴ライブラリの全てが利用できます。スマートフォンアプリ、テレビ用アプリ、ブラウザに対応しており、複数デバイスでの視聴に向きます。Huluは時期により無料体験キャンペーンが提供されることがあるため、最新状況は公式サイトで確認してください。
U-NEXT
U-NEXTでは、HBO Maxの一部作品ラインナップとして本作が見放題対象に含まれています。U-NEXTのアカウントを開設し月額プランに加入すれば、専用アプリやブラウザから再生できます。新規登録時に無料体験が用意されている場合もあり、その期間内に視聴することも可能です。
そのほか、Apple TVやGoogle Play Moviesといったデジタル販売プラットフォームでは、レンタルや購入の選択肢があります。これらは「無料の手段ではないが、視聴ルートとして補足」しておきます。Netflix、Disney+の日本版では、現時点で本作の見放題配信は行われていません。
あらすじ
物語の始まり
1947年、メイン州ポートランド。銀行の副頭取として将来を約束されていた青年アンディ・デュフレーンは、ある夜、妻とその不倫相手を銃で射殺した容疑で逮捕されます。決定的な証拠と動機があるとされ、彼は終身刑を二回連続で務めるという、事実上獄中で人生を終える判決を言い渡されます。送られた先は、州内でも特に厳しい運営で知られる州立刑務所、ショーシャンク。所長サミュエル・ノートンは聖書を片手に規律と労働の重要性を説きながら、その裏では収容者を私的な利益のために使い、看守長ハドリーら部下に暴力をふるわせる男です。
主人公を待ち受けるもの
入所したアンディは、長身で痩せた銀行員。荒くれた囚人たちの中で、生き残るための知識も腕力もないように見えます。しかし、この閉ざされた世界には、所内で「物資の調達屋」と呼ばれる古参の囚人エリス・ボイド・"レッド"・レディングがいます。タバコ、ポスター、磁石、岩石用の小さなハンマー――彼は外の世界の物を金額さえ折り合えば持ち込んでくれる人物です。アンディはレッドからまず一本の岩石ハンマーを購入することで、彼との細く長い関係を始めます。当初は「短い間でもがき苦しむタイプの男だ」と冷ややかに見ていたレッドも、やがてアンディの中に他の囚人にはないものを感じ取っていきます。
獄中での日々は決して穏やかではありません。「シスターズ」と呼ばれる暴力的な囚人グループからの執拗な被害、看守長ハドリーの理不尽な暴行、ノートン所長による囚人の搾取など、ショーシャンクには「ここで人間として生き延びる」ための余白がほとんどないように見えます。それでもアンディは、銀行員としての知識を切り札に、まず看守長の税務相談という小さな入口から所内に居場所を作り、やがてノートン所長のマネーロンダリングや裏帳簿管理の中心へと引き込まれていきます。
物語が進むにつれ立ち上がってくるのは、ひとりの囚人と巨大な権力構造との、息を潜めた長期戦です。所内図書室の拡充を図り、何年もかけて州議会へ手紙を書き続けるアンディ。模範囚として刑務所を清掃しながらも、心の中では別の「予定」を一日ずつ進めているように見えるアンディ。そしてある日、彼は所長室から無断でレコードプレイヤーを操作し、モーツァルト『フィガロの結婚』の二重唱を、刑務所のスピーカー全体に響かせます。中庭で立ち尽くす囚人たちの上空に、自由の鳥のような旋律が降り注ぐその一場面は、本作の到達点ではなく、長い物語の中盤でアンディがはじめて見せる小さな反逆として描かれます。
登場人物
アンディ・デュフレーン(演:ティム・ロビンス)
物語の主人公。銀行の若き副頭取だった27歳のときに、妻とその不倫相手の殺害容疑で起訴され、終身刑×2の判決を受けてショーシャンク刑務所に収監されます。物腰は柔らかく、寡黙で物事を観察するタイプですが、内側には膨大な知識と粘り強い意志を秘めた人物です。看守長の税務相談を引き受けたことをきっかけに刑務所内で「役に立つ男」としての立ち位置を作り、所長のマネーロンダリングにも関わるなど、徐々に塀の中で独自の「地位」を築いていきます。彼が物語を通して手放さない「希望」というテーマは、レッドとの友情を経由して観客に手渡されていきます。
エリス・ボイド・"レッド"・レディング(演:モーガン・フリーマン)
ショーシャンクで20年以上を過ごす古参の囚人で、本作の語り手でもあります。「物資の調達屋」として所内で必要な物を外から持ち込み、囚人たちの信頼を一身に集める存在です。アンディが入所してきたとき、最初は彼を「持ちこたえられない男」と冷ややかに見ていますが、ハンマーひとつをきっかけに少しずつ距離を縮め、やがて互いに心を許す親友となります。長い獄中生活で「希望」を持つことの危険性を骨身にしみて感じており、アンディの楽観に何度もブレーキをかけようとしますが、その葛藤こそが彼の人物像をふくらませています。
サミュエル・ノートン所長(演:ボブ・ガントン)
ショーシャンク刑務所の所長で、本作における最大の悪役です。胸ポケットに聖書を忍ばせ、囚人たちには規律と勤勉さを説きますが、その裏では刑務所内の労働力を使った公共事業の利権から個人的なリベートを抜き、税務処理にアンディを巻き込んで蓄財を続けます。表向きの威厳と、見えないところでの俗物さの落差が極端に描かれ、聖書の引用が場面ごとに反転していく演出が彼の異常性を際立たせます。
バイロン・ハドリー看守長(演:クランシー・ブラウン)
ノートン所長の手足となって所内を取り仕切る看守長で、暴力性と即断即決の冷酷さで囚人を支配します。新入りの囚人を初日に容赦なく痛めつけるなど、その暴力は理不尽そのものですが、税金で困っているちょっとした生活の話を口にしてしまったところ、アンディの一言からノートン所長との「奇妙な信頼関係」が結ばれていく接点ともなる、物語の蝶番のような人物です。
ブルックス・ハットレン(演:ジェームズ・ホイットモア)
ショーシャンクの所内図書室を長年管理してきた老囚人で、入所から半世紀近くを刑務所で過ごしてきた人物です。手厚い表情で本を抱え、雛から育てたカラスのジェイクを大切にする姿は、塀の中で時間を耐えてきた者の優しさを象徴しています。仮釈放によって自由になった後の彼の歩みが、本作で語られる「自由とは何か」の問いを観客にもっとも生々しく突きつけます。
トミー・ウィリアムズ(演:ギル・ベローズ)
物語の中盤からショーシャンクへ送り込まれてくる若い囚人です。窃盗の常習犯として何度か刑務所を出入りしてきた経歴の持ち主で、明るく軽口の似合う性格ですが、外の世界に妻と幼い子どもを残しているため、識字を学び高校卒業資格を取りたいとアンディに相談を持ちかけます。彼の存在が、アンディが背負わされてきたある秘密を物語の中盤で大きく揺さぶることになります。
スタッフ・キャスト陣
監督と脚本を兼務するのは、フランク・ダラボン。ハンガリー系移民の家系に生まれ、テレビシリーズの脚本などを経て本作で長編劇映画監督デビューを果たしました。本作以降も『グリーンマイル』『ミスト』など、いずれもスティーヴン・キング作品の映像化を手がけ、原作との相互作用を緻密に組み上げる作風で知られていきます。原作はスティーヴン・キングの中編小説『刑務所のリタ・ヘイワース』。1982年刊行の中編集『恐怖の四季 春夏編』に収められた1作で、刑務所内のひとりの語り手の視点を最大限まで活かす構成は、本作の語りにそのまま受け継がれています。
撮影監督は、その後オスカー受賞も果たすことになるロジャー・ディーキンス。閉ざされた刑務所内の冷たい光と、ふとした瞬間に差し込む希望の光のコントラストを、彼の繊細なカメラワークが立ち上げます。音楽はトーマス・ニューマンで、彼の手がけた本作のメインテーマは、希望や祈りといった抽象的な感情を音だけで描く名スコアとして繰り返し語り継がれています。
主演キャスト
アンディ・デュフレーン役のティム・ロビンスは、それまでに『プレイヤー』『ジェイコブス・ラダー』などで存在感を示していた俳優で、長身と知的な眼差しを生かして「静かに信念を貫く男」を体現する起用となりました。台詞の少ない場面で観客を惹きつける佇まいの強さが本作で決定づけられ、後年彼自身の監督・俳優としてのキャリアを大きく方向づけた1作と語られます。
レッド役のモーガン・フリーマンは、本作以前から『ドライビング Miss デイジー』『ロビン・フッド』などで活躍していたベテランで、本作によって落ち着きと抑制の効いた語り手としての地位を不動のものにしました。原作では「赤毛のアイルランド系」の囚人として描かれていた人物を、彼の存在感ひとつで全く別の説得力に置き換えてみせた配役は、後の世代までキャスティングの好例として語られています。
ノートン所長役のボブ・ガントンは舞台出身のベテラン俳優で、表向きの紳士然とした立ち居振る舞いと、内心の冷酷さの落差を演じ切る巧者として知られます。看守長ハドリーを演じたクランシー・ブラウンは、力強い体躯と低く響く声を活かして数々の悪役を演じてきた俳優で、本作でも有無を言わせぬ存在感を発揮します。さらに、長く所内図書室を守るブルックスを演じたジェームズ・ホイットモアは、第二次世界大戦後のハリウッドを代表する性格俳優のひとりであり、その人生経験そのものが画面に滲む見事な仕事を残しました。
興行収入・話題
興行収入・話題
公開当初の北米市場では、製作費およそ2500万ドルに対し、興行収入は2800万ドル前後と、伝説的なヒット作とは言いがたい数字でした。観客にとって魅力的なポスター展開がしづらい題材であり、「刑務所もの」というジャンルが大型のヒットには繋がりにくいと判断されていた時期でもあります。しかしビデオ・DVD時代に入ってから、口コミによる再評価が積み重なり、レンタル収益・テレビ放送による接触機会・後年のソフトセールが大きく伸び、結果的にスタジオにとっても回収以上の成功となった作品として知られています。
評価・受賞歴
第67回アカデミー賞では作品賞、主演男優賞(モーガン・フリーマン)、脚色賞ほか主要部門を含む複数部門でノミネートされましたが、同年は『フォレスト・ガンプ/一期一会』が席巻した年であり、最終的に受賞を逃しています。一方で批評家からの評価は公開当時から極めて高く、後年に積み重なった批評・観客の支持を受け、IMDbのユーザー投票によるベスト映画ランキングでは長期間にわたって首位を守り続けるなど、「観客がもっとも愛する映画」のひとつとして現在まで語り続けられています。テレビでの放映や配信での再発見によって新しい世代に届き続けている点も、本作の評価を支える特徴です。
ネタバレ
※ここからネタバレを含みます。
クライマックス
物語の真の動力は、アンディが入所した初日からひそかに進められていた、ある計画です。レッドが冗談まじりに「この壁を抜くなら600年かかる」と評した小さな岩石ハンマーで、アンディは19年間にわたって独房の壁を少しずつ削り続け、ついにメインの下水管へと続くトンネルを完成させていました。トミーが持ち込んだ「真犯人の存在」という情報を所長ノートンに握りつぶされ、自分が冤罪のまま塀の中で人生を終えるしかないと悟ったアンディは、嵐の夜にその計画を実行に移します。リタ・ヘイワース、マリリン・モンロー、ラクエル・ウェルチ――彼が時代に合わせて貼り続けてきたピンナップポスターの裏に、長い穴が口を開けていたのです。
下水管をくぐり抜けて雷雨の中に脱出したアンディは、両腕を大きく広げ、生まれて初めて自由な雨に打たれるショットで観客に強烈な解放感を手渡します。翌朝、所内が騒然とする中、ノートン所長の偽名口座、ハドリー看守長の暴行記録、刑務所が抱えていた不正の証拠は、アンディの手によって新聞社へ送り届けられていました。ハドリーは逮捕され、ノートンは自分のもとに警察が踏み込む直前、机上の聖書のページに隠していた拳銃で自らの命を絶ちます。
結末が示すもの
物語の後半は、もうひとりの主人公であるレッドの視点に重心が移ります。長年仮釈放を退けられてきたレッドは、ようやく自由の身となるものの、塀の外の世界はかつてブルックスを呑み込んだのと同じような寂しさで彼を迎えます。希望を信じることを「危険なもの」と語ってきたレッドが、最後に踏みとどまるか、踏み出すか――その決断こそが、アンディの脱獄以上に観客の胸に残る選択として描かれます。彼が太平洋に面する小さな町、メキシコのジワタネホへ向かい、白い砂浜に降り立つアンディと再会する場面で、物語はゆっくりと幕を下ろします。希望は危険なものではあっても、人間がそれを手放してはいけない理由を、本作はこのラストで観客に手渡します。
トリビア
原題のサブタイトルは「Rita Hayworth and Shawshank Redemption」。スティーヴン・キングが中編小説のために選んだこの原題は、アンディが独房に貼ったピンナップ女優のポスターが「世代の象徴」として登場することからつけられました。
主演候補として、当初はトム・クルーズやハリソン・フォード、ロブ・ライナーらの名前が挙がっていたと伝えられます。ライナーはダラボンに監督権ごと買い取りたいと申し出たほど本作のホンに惚れ込んでおり、そのエピソードは映画ファンの間でしばしば語られます。
撮影地は実際の州立刑務所だったオハイオ州マンスフィールドの「マンスフィールド・リフォーマトリー」。1990年代当時すでに使用停止されていた歴史的建物が舞台に選ばれ、現在は本作のロケ地として観光地化されています。
レッド役のモーガン・フリーマンは原作では赤毛のアイルランド系として描かれていますが、映画版ではその設定をそのまま流用しつつ、配役のズレを逆手に取って劇中で軽くジョーク化することで、原作ファンへの目配せを残しています。
撮影現場では本物のカラスがブルックス役のジェームズ・ホイットモアに懐き、調教師の許可を得てそのままジェイク役として撮影に参加したというエピソードが残っています。当時の動物保護団体による厳格なルールの中で、出演シーンが調整されたこともあわせて伝えられています。
公開後しばらくは大ヒットとは言えなかった本作が、評価を高めていく決定打となったのはアカデミー賞ノミネート後の特別上映と、家庭用ビデオでの口コミです。テレビでの放映機会が増えるたびに視聴者層を広げ、リーディングサンプルとして家庭で見直される映画としての地位を築きました。
撮影裏話
撮影の舞台裏
本作のロケ地であるオハイオ州マンスフィールドの旧州立矯正施設「マンスフィールド・リフォーマトリー」は、1990年に閉鎖されたばかりの歴史的建造物でした。重厚な石造りの外観、長く伸びる房棟、中央の見張り塔――あの威圧的なショーシャンクのビジュアルの多くは、撮影のために作り込まれたセットではなく、すでにそこにあった「本物の刑務所」の姿そのものです。閉鎖されたばかりの施設には独特の臭気が残っており、出演者たちは撮影中、「実際にここで何十年も人が暮らしていたんだという重さが画面に出る」と感じたと、後年のインタビューで語っています。
キャストの準備
ティム・ロビンスは、銀行員から囚人へと変わるアンディの長い時間軸を描くため、撮影スケジュールに合わせて体重や姿勢、表情の硬さを調整したと言われます。とくに序盤の入所シーンと、終盤の中年期のシーンでは、姿勢や歩き方、視線の置き方を細かく演じ分け、19年という歳月の重みを観客に違和感なく伝えるよう工夫されています。モーガン・フリーマンは語り手としての落ち着きを軸にしつつ、レッドが何十年も同じ場所で生きてきたことを感じさせる「動かない芝居」の精度を磨いた、と監督ダラボンが繰り返し語っています。
技術的な挑戦
撮影監督ロジャー・ディーキンスにとっての最大の挑戦は、塀の中の同じ場所で何度も繰り返されるシーンに、見飽きさせない陰影と空気感を与えることでした。中庭、食堂、洗濯場、独房――限られた舞台の中で光源と画角を細かく変え、季節と歳月の流れを視覚的に積み上げる仕事は、本作以降の彼のキャリアを語ううえで欠かせないトピックです。音楽のトーマス・ニューマンも、過剰なオーケストレーションを避け、ピアノとストリングスを主軸にした禁欲的なスコアで「希望」というテーマに正面から向き合う仕事をしており、サウンドトラックは現在もスコア音楽の名盤として広く言及されています。

